2006年11月22日

今日もやっぱり月曜なんだ

『百年の孤独』を読み終わった。
ハードカバーなので、行き返りの電車の中で読むのは辛いものがあった。単行本なら楽だったのに。

話の方も楽なものではなく、最初はとっつきにくくて困った。
空想の中でしか有り得ないようなことが、現実として当たり前のように起こるから。
でも、これはマコンドという村を一つの世界に見立てた神話なのだと考えたら、すんなりと読めるようになった。
また、神話であると同時に19世紀の南米の歴史でもあると思う。
史実には沿っていないが、当時の南米社会で暮らしていた人々が感じていた現実は、恐らくああいう感じだったのではないだろうか。
村が活気に溢れていた頃でさえ、どこか物悲しくて虚無感が漂っている。
後書きでは、それは村を創設したブエンディア家の人々に愛が欠如していたからであり、その愛の欠如こそが表題の孤独なのだというようなことが書いてあったが、そんなことを言われても今いちピンと来ない。
孤独を感じるのは確かなんだけど。
南米の民謡を聞くと、なんとなく物悲しさや切なさを感じることがあるが、この作品にもそういう感じを受けた。

ところで、ブエンディア家の初代、ホセ・アルカディオ・ブエンディアは晩年に頭がおかしくなり、毎日月曜日を繰り返していると信じ込んでしまう。
この繰り返しは、一族の子供たちに何度も同じ名前が使われたり(アウレリャノなんて20人以上いる)、みな同じような性格や特徴を持っていたり、以前に有ったことと似たようなことが起きたりと、あちこちに現れる。
そうして堂々巡りを続けていくうちに次第にブエンディア家は廃れていき、最後には滅びてしまうのだが、最後の一人が命を落とすのが火曜日というのが、ホセ・アルカディオ・ブエンディアの「今日もやっぱり月曜なんだ」という言葉と繋がっているような気がする。
やっと迷路のような円が崩れて前に進むかもしれないと思ったら、何もかも終わってしまうのだから皮肉な話だ。
最初から、堂々巡りを運命付けられた一族だったということなのか。
それが私の感じた孤独の正体なのかもしれない。
posted by どら at 23:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 本・漫画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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