2013年11月16日

でし

「福島第一原発収束作業日記 3.11からの700日間」を読んだ。
現在も福島第一原発で収束作業に当たっている作業員さんのツィートをまとめたもので、内容は題名そのもの。
ジャンルはルポルタージュになるのかな? 取材しているわけではないけど。

読んでいて驚いたのは、事故が起きてから二か月くらいで既に汚染水や作業員の雇用問題を指摘していたこと。
これは筆者(というかツィート主)が特に鋭い眼力の持ち主と言うよりも、現場の人達にとっては当たり前のことだったんじゃないかと思う。
国や東電だって気づいていたろう。でも、先送りしちゃって何もしなかったと。
原発事故そのものも大津波に襲われたり、全ての電源を失ったりしたらどうするか、ちゃんと決めておかなかったことがここまで被害を大きくした原因なわけで、たとえ、ハード上はどんなに凄まじい災害に見舞われてもびくともしない原発が作れたとしても、ソフト面がこれじゃぁ、やっぱり原発の使用は不可能だと考えざるを得なかった。
そもそも核のゴミを処分できないしね。日本中が核の○ンコまみれになるとか絶対に嫌だわ。

11月18日には4号機のプールから使用済み核燃料の取出しが始まるそうで、そのせいか筆者も忙しそうだ。
今まで原発の仕事に従事して来た者として事故に対して責任を感じる、と言う筆者の責任感をみんなで共有しなければ。
当然、国や東電のおエライさん達も含めてね。

でも、具体的にはどうしたら良いのか分からないんだよなぁ。
綺麗事を言うのは簡単だけど勇気を出すのは難しいね… orz
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2013年02月17日

チェルノブイリ×10

今更だけど「死の淵を見た男」を読んだ。
この作品は福島第一原発の事故が起きた際に現場にいた人達の談話を基にしたノンフィクションで、作者の主観が大分入っている気はするものの、私のように当時の現場の様子を知りたい人にはちょうど良い本だと思う。
客観的、科学的に知りたい人には肩透かしだろうけどね。
でも、私は作業員さん達の話を聞きたかったから概ね満足かな。
東電以外の作業員さんの話も入ってれば、なお良かったわ。

本を読んで、今もなお事故を収束させるために働いていらっしゃる方々への感謝の気持ちを新たにしたわけなんだけど、同時に安易なヒロイズムに浸りたくはないなぁとも。
この本、ちょっと語り口がプロジェクトXっぽいんだよね・・・。
盛り上がるんだけど、盛り上がるってことはそれだけ感情的だってことなわけで、自分の中で勝手に盛り上がった感情に流されて、作業員さんスゲー日本人スゲーの何でも万歳状態になるのは嫌だなと。
いや、実際スゲェとは思ってるのよ。ただ、彼らも私らと同じ普通の人であることは忘れたくないってだけ。
ヒーローはいないけど、普通の人でも時々必要に迫られて英雄的な行動をとることがある。
その点はちゃんと押さえておきたい。

また同じような事故が起きた時に、福一と同じように英雄的な行動をとれる人は現れるんだろうか?
考えているうちに考えがどんどん捻くれた方向に進んでしまったので、この本の感想を述べるのはここまでにしておく。
アタリサワリガナイコトガブログヲナガクツヅケルコツデスヨ。twitterモマタシカリ。

でも、色々考えたのは本当だよ。
原発のことから日本人論まで色々考えたい人にも、オススメな作品だと思うわ。
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2010年02月27日

伊豆やるから関東に来いよ

本屋で見つけた漫画が切っ掛けで、「四国四兄弟」なるサイトを知った。
最近流行の(?)県民性を元に各都道府県を擬人化した漫画で、どのキャラもステレオタイプなんだけど、それがかえって面白い。

私の出身地の神奈川は、俺サマなキャラになっている。
まぁ、私も小さい頃は、伊豆は神奈川の一部だと信じてたし、更には富士山も神奈川県内にあるって思い込んでたからなぁ。
あと、自分が神奈川弁を使っていたことに初めて気がついた。
「ちげー」って全国区じゃなかったのね・・。

人によって好みが分かれる漫画だと思う。
でも、私はちょっとツボでした。
これは神奈川が良いキャラしてるのも大きいんだろうな、きっと。
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2010年01月30日

それとも新しい何かが始まるのだろうか


メキシコ ――
この国では死後ガイコツになって帰ってくる者達がいる

夫のディエゴはあの桟橋の向こう……
潮の流れが急に速くなっているあたりで波にさらわれた……

ディエゴが消えた海の近くに建てたこの家で
私は蘇ったガイコツ達と暮らしている



部屋の中をごそごそしてたら、久し振りに「LA CALACA [ラカラカ]」を読みたくなった。
「LA CALACA」は、澤井健が描いたファンタジー漫画。
主人公のモデルは、どう見てもメキシコの画家、フリーダ・カーロだね。
あ、ファンタジーと言っても剣と魔法の物語ではないよ。
上に引用した帯のコピー通りの内容です。
絵が本当に上手くて綺麗なのだ。すごく話と合っててさ。
描かれているガイコツ達はリアルなんだけど、それがかえってコミカルさを増してる気がする。
ガイコツと一緒に暮らすのも悪くないんじゃないかと思えてくるような・・。
ガイコツになりかけの人は、流石に勘弁してほしいが。

ところどころで笑えるけど、死者の帰りを死者達と一緒に待つ女性の話なんで、やっぱり切ないものがある。
そして、切なさ以上に静かさが印象的だ。
ガイコツもディアブロも、騒々しい連中なのにね。

記事のタイトルは、一番最後のセリフから。
澤井健って、今、何やってるんだろ?
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2008年11月22日

ダガダンッ

いーなー!

いきなり意味不明な書き出しですが、「GIANT KILLING」の8巻が出てたので買いました。読みました。
今、「ダガダンッ」なのか「ガダダンッ」なのかで悩んでます。
で、そのダガダンでガダダンな夏木がアホ過ぎて、ツボにはまりそうです・・。
電車の中で読んでて、吹き出しそうになってやばかったわ。

ジーノが夏木に厳しいのは、多分、夏木を高く評価しているのと、全く自分の思い通りに動かないのが原因なんだろうなぁなんて思ったり。
サッカーを見てると、パサーはプロデューサーと似ていると思うことがあるんだよね。
「俺のパスでお前らに点取らせて主役にしてやる!(でも、真の主役は俺! 分かる人には分かるんだよ〜ん)」というような。主導権は、もちろん、パサーのもの。
名パサーを自任しているであろうジーノにとって、夏木は格好のプロデュース対象のはず。自分の手で、それはそれは素晴らしいゴールを夏木に決めさせたいんじゃないか?
なのに、夏木はせっかく良いパスを送ってもシュートを外すし、逆にスゴイ一発を決めたかと思えば、ジーノは全く関与してないし・・。
これは腹立つでしょう。傍で見てる分には面白いけどさ。
そんなわけで、この二人には、このまま蛇と蛙の関係で行ってほしいぞ。
選手としては困るだろうが、ギャグとしては有りだ。

他は、黒田は試合中は意外と落ち着いてるんだなぁ(うるさいけど)とか、椿が超人化したら嫌だなぁ(ETUは凡人の集団の方が面白い)とか、窪田と志村は会話は成立しなくてもコミュニケーションは成立しそうだなぁ(こいつらこそ超人類)とか・・。

あ、そういや、今更なんだけど、ETUの腕スポンサーはドーナツ屋なのね。
だから、ブラン監督がドーナツを食べてたのか。てっきり、自分で買って来たんだと思ってたわ。
スポンサーのイベントでドーナツを食べなきゃいけない堺とか想像してちょっと笑った。
体調管理って、大変だよね。


で、本当に「ダガダンッ」と「ガダダンッ」、どっちなんだ!?
しょーもないことが、気になって仕方がありません・・。
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2008年09月27日

愛称はタッツミー

『GIANTKILLING』を読んだ。これは面白いわ。

どこが面白いって、1対1の競り合いの時に相手のユニを引っ張ってたり、ジャンプする時にやっぱり相手の肩を押さえ込んでたり、一人が前に上がると別の一人がカバーに戻って来たりと、細かくきちんと描いてあるところが。それも、さり気なく。
今のスポーツ漫画って、こんなにリアルなのか。『俺フィー』の頃とは違うんだなぁ。
『俺フィー』は『俺フィー』で好きだけどさ。「アルゼンチンのサッカーは手でやるんだ」は名言でしょう
ただ、あれはあまりにも主人公が化け物すぎて・・。ザシキワラシまで出てたしね。

話がズレた。
上手くても、元代表とか、代表候補止まりとか、クラブの身の丈にあった選手ばかりなのも好印象だ。
もう少し、クラブのスタッフにも光を当ててくれると嬉しいんだけど、ここら辺はまだ連載中ってことなんで、今後に期待だな。
あのGMだと、上手いこと代理人に出し抜かれそう・・・。

まぁ、とにかく、サッカー好きにはオススメだよってことで。
これ読むと、Jの試合を見たくなるわ。そうか、ジャイアントキリングを期待して応援するというスタイルもあるか。
でもなぁ、去年の暮れに正にジャイアントキリングを観戦したけど、あれは本当に胃が痛くなったぞ。
ああいうのを楽しめるのは、どちらのファンでもない人達だと思う。
ファンの場合、喜びにしろ、落胆にしろ、強烈な感情は試合後に来るからさ。試合中は駄目だね。楽しもうなんて余裕は全くないから。


カテゴリー、「本」にしちゃったけど、ま、いっか。
続きが出たら、また買おうっと。多摩川クラシコの貴重な収穫でした。
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2008年09月16日

パース、ご冗談を!

ハリポタの7巻を読み終わった。
感無量には、程遠く。

これ、7巻まで話を続ける必要があったんだろうか? 本のページ数を考えると、実質12巻くらいか。いくらなんでも引き伸ばしすぎに感じた。
しかも、最後の最後、7巻の下巻に今までの謎解きを全部詰め込んでるもんだから息苦しくて。
まぁ、スネイプに関するあれこれは一番最後になるのは仕方がないけど(一番重要だったもんね)、分霊箱の探索についてはもう少し早い段階で始まってても良かったんじゃないかと。2巻で既に登場してたんだしさ。
ハリー達が成人に達して行動範囲が広がるのを待ってたとか? そこら辺の設定は、どうにでも出来ると思うんだけどな。

そんなわけで、読後の満足感と言うのは殆ど無かったです。オチが分かって良かったという程度。
別に楽しめなかったというわけではないんだけど、『指輪物語』のような感慨深さは無いな、うん。物語の規模が違うだろうと言われれば、そこまでだが。

これはハリポタ全体の話になるが、物語が進むに連れて、ハリーの父親より母親の方が重要度が増していったのは、ローリング女史がシングルマザーだったからかと変な勘繰りまでしながら読んだ。
子を思う母親の心と言うのは確かに有り難いものだけれど、何度もそれを強調されちゃうと、ちょっとね・・。これは、私が子持ちじゃないというのも大きいんだろうな、きっと。

最初の方にも書いたとおり、7巻はぎゅうぎゅう詰めだったせいか、死者の数も多くて、思わず「人員整理大変だなぁ」と呟きかけた。
そういや、「皆殺しの田中」なんて言葉があったっけ。
まぁ、あそこまで豪快に死者が出たわけではないけど、殺してしまう必要があったのかと疑問に感じた人物ばかりだったのも確かだ。
で、記事のタイトルは私が一番"人員整理"だと感じた場面から選んでみた。
やっぱり、ハリーとロンが出会った日は、ウィーズリー家にとって不運な日だったんじゃないかと思うよ。

これで、ハリポタシリーズはお終い。
結局、物語が終わって一番印象に残ったのは、ハリーではなく、スネイプなのでした。
主人公、見事に喰われちゃったね・・。
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2008年07月24日

読む気が半減した

ハリポタの最新刊を買って帰った。重たいから、自宅近くの本屋でね。
帰宅して、入浴した後、ぼけ〜っとしている私に母がTVで知ったと言うハリポタのネタばらしをしてくださった。
TVでは全部を教えてくれたわけでなく、登場人物中の誰が7巻でお亡くなりになるかと言うものだったんだけど。
でも、それって7巻の目玉の一つだったよねぇ・・。
母は私の横で、やっとハリポタの話が出来たと喜々としていた。


そりゃ確かに、お亡くなりになる過程は分からないから読むしかないわけだけどさぁ、中表紙に犯人の名前が書いてある推理小説を読むようなもんなわけで、どうしたって面白味は半減するよね。
あ〜ぁ、つまんないの。
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2007年07月19日

これは買って読めということか

読みたいと思っていたのに、今、どうしても思い出せない本がある。
思い出そうとすると、どういうわけか清水義範とサイバラの「雑学のすすめ」の表紙が脳裏に浮かんで、それ以上は思い出せなくなってしまうのだ。
本屋でたまたま表紙を見かけただけなのにー!

ああ、私の読みたかった本は、いったい何だったのだろう? すごく読みたかったはずなのに。
この間触れた「敵は海賊」ではないんだな。SFじゃなくて・・・何だっけ?

ダメだ、これを書いてる最中も「雑学のすすめ」が頭から離れない。
一度読んだらすっきりするか? 読むのは、なんとなく負けたようで腹が立つんだが。

本当に読みたかった本を思い出すまで、繋ぎで読もうかな。
そう思った途端に、本屋で見つからなくなったりするんだよね。別に良いけどさ。
posted by どら at 23:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 本・漫画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月07日

敵は立ち読み

歯科医院に行った帰りに、本屋に寄ったら「敵は海賊」の最新刊が出てた。
このシリーズ、終わってなかったのか。懐かしいなー。
でも、立ち読みはしなかった。以前に読んだ時から随分年月が経ってて、登場人物や話の内容を忘れてしまってたから。
アプロは覚えているんだけどねぇ。相棒は・・・ラテルだっけ?
前に読んだ時も友人から借りてたから、今までの話を読み返せないのが辛いところだ。

「敵は海賊」の隣に、「フォーチュン・クエスト」の最新刊も出てた。
こちらは、20分ほど立ち読みした。熱心に読まなきゃ分からないような内容ではないからね。
しかし、いつの間にクレイは、とっても不運なトホホな戦士から、とっても優しい美形な王子サマに扱いが変わってしまったのか?
モテるのはオバチャンだけというキャラの方が面白かったように思う。

帰宅してしばらく経ってから、「敵は海賊」の内容を思い出し始めた。
海賊課の刑事達が宇宙海賊を捕まえようする話なんだけど、どの話も関連があるのか無いのか分からないところがあって、なんとなく一話一話が平行世界で起きてるっぽかったんだよね。
敵の親分のヨウメイ(漢字忘れた)がカッコイイんだけど、どういうわけか好きになれなかったっけ。
やっと内容を思い出したことだし、今度また本屋で見つけたら立ち読みしようかな。
買う気は無い。
posted by どら at 15:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 本・漫画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月19日

ウィーズリー一家にとって幸運な日だった

入院中に、やっとハリポタの6巻を読み終わった。
買ったの去年の5月だよ・・。いや、今回は読むのに難儀したわ。

決して内容が難しかったわけではないんだよ。
物語の展開的はクライマックスの序章ということで、本来ならとても盛り上がってきて一気に読めるはずだったんだけどね。
どうにも読みながら、気持ちが萎えてきてしまって。
だって、悪い魔法使いが完全復活して、それで学校だけでなく世界的に不味いことになって、その魔法使いを倒すために彼が7つに分けた彼自身の魂をしまってある容器を見つけ出して壊そうって、まるでよくあるRPGみたいなんだもの。
なんだ、結局はそういう話なのかと。
1巻の頃が懐かしい。学園モノのままでも良かったのに。

記事のタイトルは、毒を飲んで死に掛けたロンを救ったハリーにアーサーが言った言葉。
ウィーズリー家の半分がハリーのおかげで命拾いをしたと。
だから、ハリーが初めてホグワーツ特急に乗った日、ロンと同じコンパートメントになって良かった、一家にとって幸運な日だったと。
あのさ、もしあの時にハリーとロンが友達にならなかったら、ジニーがトム・リドルの日記に引っ掛かることも、アーサーが怪我をすることも、ロンが毒を飲んでしまうこともなかったんじゃないかな?
どちらかと言うと、ウィーズリー家にとって不運な日だったんじゃないかなぁ。
ちょっとロンは今回の話で死亡フラグが立ったくさいしね。
まぁ、最終巻で死ぬんじゃないかと言われてるキャラは大勢いるし、スネイプなんか最右翼だけど。
ロンとスネイプが筆頭かな? 次点がハリーとドラコと。
なぜか、ハーマイオニーの声は少ない。モデルになったのが作者だから無敵、ということなのかもしれない。

ハーマイオニーと言えば、確か原書の方には毒のせいで寝込んでしまったロンがうわ言で好きだと告白してしまう場面があったはずなんだけど、邦訳にはないよね?
私も原書はちらりと見ただけでウロ覚えなんで、勘違いしている可能性が高いんだけど。
ま、いっか。エマ・ワトソンがハーマイオニー役を降りるという噂もあったし。
ハーマイオニーをやるには、エマは美人過ぎたか。

7巻で、どういうオチがつくのかだけが楽しみだ。
posted by どら at 23:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 本・漫画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月29日

ぎお

私が小学生の頃に青い鳥文庫なるものがあったのだけど、今でもあるのだろうか?
我が家にあるのは確か四冊。
『クレヨン王国の十二ヶ月』と同シリーズの『クレヨン王国の花ウサギ』、それから『ボクちゃんがないた日』と『あゆの子アッポ』
後者二冊は弟の本だったのだが、私も何度も読んだ。
そして、なぜか未だに私の本棚にある。

『ボクちゃんがないた日』の舞台は、第二次世界大戦中の日本だ。
主人公の山岸さんは軍用犬協会で働いていて、犬用の餌の配給などをしている。
ある日、そこに吉田さんという男性がやって来て、自分が飼っているシェパードを協会に登録して、餌の配給を受けたいと申し出てきた。
吉田さんは夫婦ともども耳が聞こえず、我が子のように可愛がっている犬 ― 山岸さんはボクちゃんと呼ぶようになる ― が、二人の耳の代わりになっていた。

今でこそ聴導犬がいるけれど、そんな言葉すら存在しない時代の話だ。
だから、ボクちゃんも特別な訓練を受けたわけではなく、吉田さん夫妻が大切に育てた結果、聴導犬のような役割を果たすようになった。
ボクちゃんは彼らにとってなくてはならない存在なわけだが、軍用犬協会に登録している以上、当然、軍用犬として召集される日が訪れる。
一応、試験に合格したらという条件付きだが、ボクちゃんはとても健康だし、頭の良さは折り紙付きだ。
どう見たって、合格して戦場に連れて行かれるに決まってる。
でも、そうなると吉田さん達は暮らしていけなくなるわけで。
山岸さんは何とか召集を免れる手はないかと思い悩むがどうしようもなく、試験当日、吉田さん夫妻は座布団を敷いたリヤカーにボクちゃんを乗せて、試験会場に現れる。

ところで、記事タイトルの「ぎお」とは、吉田さんが生まれて初めて発した言葉で、その頃に可愛がっていた犬の"しろ"のことだ。
周囲には「ぎお」としか聞こえなくても、吉田さんにとっては「しろ」なのだ。
そのことが、ハッピーエンドに繋がる。


この作品、今はもう絶版になってるらしい。図書館にはあるかもしれないが。
戦時下の身障者を描いた話というのは珍しいし、そうでなくても良い話なんで、ぜひご一読を。
問題は、手に入るかどうかなんだけど。BOOKOFFにはないだろうなぁ、きっと。
やはり図書館しかないかもね。
posted by どら at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 本・漫画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月28日

色々あった

まだ学生だった頃に、『国語入試問題必勝法』を読んだ。
私が学生の頃だから結構昔の作品になるが、今でも十分笑えると思う。

簡単にあらすじを話すと、国語が苦手な主人公に家庭教師がつくことになり、その先生が教えてくれる必勝法のおかげで主人公の国語の成績は伸びるのだけど・・というもの。
六字以内でまとめれば「色々あった」ということです。

作者は、清水義範。なお、学習参考書ではありません。
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2006年11月22日

今日もやっぱり月曜なんだ

『百年の孤独』を読み終わった。
ハードカバーなので、行き返りの電車の中で読むのは辛いものがあった。単行本なら楽だったのに。

話の方も楽なものではなく、最初はとっつきにくくて困った。
空想の中でしか有り得ないようなことが、現実として当たり前のように起こるから。
でも、これはマコンドという村を一つの世界に見立てた神話なのだと考えたら、すんなりと読めるようになった。
また、神話であると同時に19世紀の南米の歴史でもあると思う。
史実には沿っていないが、当時の南米社会で暮らしていた人々が感じていた現実は、恐らくああいう感じだったのではないだろうか。
村が活気に溢れていた頃でさえ、どこか物悲しくて虚無感が漂っている。
後書きでは、それは村を創設したブエンディア家の人々に愛が欠如していたからであり、その愛の欠如こそが表題の孤独なのだというようなことが書いてあったが、そんなことを言われても今いちピンと来ない。
孤独を感じるのは確かなんだけど。
南米の民謡を聞くと、なんとなく物悲しさや切なさを感じることがあるが、この作品にもそういう感じを受けた。

ところで、ブエンディア家の初代、ホセ・アルカディオ・ブエンディアは晩年に頭がおかしくなり、毎日月曜日を繰り返していると信じ込んでしまう。
この繰り返しは、一族の子供たちに何度も同じ名前が使われたり(アウレリャノなんて20人以上いる)、みな同じような性格や特徴を持っていたり、以前に有ったことと似たようなことが起きたりと、あちこちに現れる。
そうして堂々巡りを続けていくうちに次第にブエンディア家は廃れていき、最後には滅びてしまうのだが、最後の一人が命を落とすのが火曜日というのが、ホセ・アルカディオ・ブエンディアの「今日もやっぱり月曜なんだ」という言葉と繋がっているような気がする。
やっと迷路のような円が崩れて前に進むかもしれないと思ったら、何もかも終わってしまうのだから皮肉な話だ。
最初から、堂々巡りを運命付けられた一族だったということなのか。
それが私の感じた孤独の正体なのかもしれない。
posted by どら at 23:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 本・漫画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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